2011年02月06日

Ein großes Problem,was Deutschland sich den Kopf zerbricht


夕方偶然点けた N 〇 K のニュース番組、
『 海外ニュース 』TV

騒乱のエジプト関連のニュースと現地の状況、
解説をやっていたので見ていた。

その後特集として、
“ ドイツが抱える移民問題 ” が始まった。

おぉ、なんという偶然とタイミング。
いや、 “ 偶然 ” は “ 必然 ” なのだ。

もう随分前からドイツでは移民問題が大きな社会問題となっている。
ナチスが行ったことに対しての償いで、移民を多く受け入れてきたと聞いた。
それに彼らは重要な労働力だ。
安い賃金で働いてくれる移民により、
ドイツ人の失業者が膨れ上がっているという事実。
( ドイツ人の友人からの最近のメールで、
 ドイツ経済は上向きで雇用も増えているとのこと )

そこで今回取り上げられていたのはケルン。

60年前、重要な労働力として出稼ぎに来たイスラム系の人々。
その彼らが国から家族を呼び寄せ、移民の数がどんどん増えていった。
今やケルンの 10 人に 1 人がトルコ人なのだそうだ。

国が違えば勿論、宗教も文化も違う。
その両者が今、互いを受け入れられずにいる現実。
互いを、というより、
受け入れられない一部のドイツ人と
ドイツ社会に馴染めないと悩んでいるトルコ人。

何故今、大きな問題に発展したのかというと、
ケルンの中心部に約 1200 人の信者を収容できる最大級のモスクが建設されているからだ。

ケルン市は、トルコ人移民もドイツ社会の一部だという考えに基づき
そのモスクの建設の許可を出した。
しかし一部のドイツの人々は、
イスラム社会に侵食されていくのではないかという不安を抱えているというのだ。

トルコ人は市内の 2 〜 3 箇所に分かれて集まって暮らしている。
そこで話されている言語は “ ドイツ語 ” ではなく “ トルコ語 ”。

実際取材に応じた高齢の女性は、
生まれ育った街にトルコ人のコミュニティーが出来たために
街並みも雰囲気も昔と変わってしまったと嘆いていた。

そこは不況のあおりで、親しんだパン屋や商店 ( ドイツ人経営 ) が相次いで閉店、
代わりにトルコ人が経営する店が建ち始めたのだという。

彼女は 「 最初は彼らに歩み寄ろうとしたわ 」 と語った。
「 しかし お茶に誘っても、女性たちやその家族を何度誘っても
 誰一人として来なかったの。 」

そこから次第に不快感を抱き始め、
やがて不安や嫌悪に変わっていった。
今では同じように考えるドイツ人たちと集会を開き、
意見を交わしているとのことだ。

その集会に参加している別の女性は、
「 イスラム教が豚肉を食べないからといって
 学校で豚肉を出さなくなったのよ。国がイスラム化しているわ。 」


さて、一方、トルコ人はどう感じ思っているのか?

ドイツへ来て 18 年 ( だったと思う^^; )という
イスラム教の伝道師の男性はこう語る。

「ドイツ社会にどう溶け込めばいいのか分からない、
 誰も相談する人がいない、子供がドイツ語を話せない・・・など
 悩みを抱えるトルコ人が私に意見を求めて来ます。」

トルコ人はトルコ人でドイツ社会に溶け込もうとしているが、
文化、特に宗教面に於いて差別的な目で見られるという悩みを抱えている実情。

インタビューに応じたトルコ人の若者は、
「 イスラム教信者だと言えない。
 言ったらテロリストだと思われる 」 と言っていた。

ドイツ政府は彼らの “ 共存 ” のために、
イスラム系の人々への ( もしかしたらドイツ人もいたかも ) 勉強会も実施している。
( オスナーブリュックにドイツ全土から指導する立場の人たちが集まっていた )

いかに互いが理解し合い受け入れていくか。
( シンプルであり、且つ難しい )

移民への政府の保証に不満を抱いたり、
何度も言うが文化の違い・宗教の違いから誤解をしている
その地域のドイツ人。

識者の方が言っていたが、
勿論全てのドイツ人がそういうわけではない。

一方で、キリスト教ドイツ社会においても
本国と変わらぬイスラムの姿勢を貫いているトルコ人。

欧米社会とイスラム社会の大きな違いの一つ。

“ 女性の位置づけ ” だ。

欧米社会では当然の 『 男女平等 』も
イスラム社会では通じない。
男性よりも女性の立場は断然低い。

例えば子供の学校行事 → プールの授業で娘が水着になるのを拒んだり、
                 男女一緒の修学旅行に参加させなかったりする
                 父親がいたそうだ。


結局、どんな関係も どんな小さな諍いも大きな争いも
誤解から生じる。
互いが理解しようと努力しなければ問題は解決しない。


私は日本人で、強い信念のもと信仰している宗教はないし
( 一応お仏壇はありますが。。。 ) 、
そういう問題って正直、直面することがない限り解らない。
( かつて香港国際空港でトランジット中、
 イラン人のオジサンにナンパされた時はどーしよーかと思いましたが^^; )

多くが無宗教の日本人、
島国で他民族と隣り合って生きてきたわけではない日本人には
なかなか理解出来ない問題だ。
( 現代社会では日本に暮らす外国人増えてるけど。。。 )

しかし私はこう考える。

ケルンのそのドイツ人は彼らと深く話し合う機会を持つこと。
時間がかかっても理解しようと努力すること。

トルコ人は “ 郷に入りては郷に従え ” だ。
自分たちの文化・宗教を捨てろと言っているのではなく、
それを継承し守りつつ、しかし、異文化異宗教のドイツの法の下で
柔軟に生きていくべきなのではないか、と。
( ドイツ語話さなきゃねぇ。。。 )

実際勉強会に於いても、
キリスト教のドイツに居るのであれば
ドイツ国家に基づいた生き方が望まれる、と言っていた。

でも実際は根強い問題なんだよね、きっと。
日本人の私が あーだこーだ言える問題じゃないんだろね。

( TVで見たものに基づいて書いてます。
 イスラム教のことは良く知りませんたらーっ(汗) )



もし、自分の住んでる地域に外国人が流入してきて定住、
ひとつのコミュニティーを作り上げたとしたらどうだろう?

私のこの性格、外国人と触れ合うことが大好きで
より知りたいと思う。
だけど生まれ育った町が まるで違う国になってしまった時、
自分はどう感じ どう行動するだろう?

因みに自分がドイツで暮らしてた時は、
“ 郷に入りては郷に従え ” だったな ( ← しかも喜んで!! ) 。

ん〜、例えば!

めっちゃ小さいことだけど、
お箸を使わずナイフ&フォークで食事する、とか ( 笑 )
おかげでナイフ&フォークの使い方が上手くなりましたよんるんるんわーい(嬉しい顔)手(チョキ)

挨拶一つ取っても、
また、ゴミの捨て方や飲食店や買い物の時などなど、
あらゆる生活面で我ながら柔軟だったと思う。

関係無いけど ついでに言うと、
まぁ、意地悪な手芸店のドイツ人オバチャンもいたし、
バス待ちしてたら近所のトルコ人のガキんちょどもに
「 Chinesin ! 」 って言われたりしたこともあったけどね。
( 黒髪が延びてワンレンになってアジアンビューティーだったからですかねexclamation&question
↑ あ、要らん?コレ??たらーっ(汗)たらーっ(汗) )

この時、正直なこと言うと、
間違われたのが嫌だった。
ま、間違った、というより そもそも
日本人がいると思われていなかったんだろうけど。

で、Chinesin の友達も居たし実際仲良かったし よくしてくれて。
けど、Japanerin である自分が、彼らが自分たちよりも “ 下 ” だと
無意識下で思っていたということに気付いた時、
これまで感じたことの無い自己嫌悪に陥った。
意識上ではそんなこと全く思ってもいないのに、
急にそんな状況になった時に咄嗟にそう感じてしまったことが
ショックだったんだ。凄く自分が嫌だった。

日本に居たら感じなかったであろうことがある。
外から見た日本、
そして
欧州の中で初めて、自分がアジア人・日本人であるということを強く認識し
そのことをとても誇りに思った。


最後は話が逸れてしまいましたが、
番組のちょっとした時間に
多く深く考えを巡らせたニュースでした。



補足:ドイツも日本と同じく少子高齢化が加速している国。
    外国人労働者はこの先国を支える無くてはならない存在であることも
    事実だそうだ。







posted by Kako at 03:11| 福岡 | Comment(0) | Deutsch und Deutschland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。